将棋ペンクラブ大賞受賞のことば「現在進行形のプロジェクト」

modernshogi2010-09-05

将棋のときの写真は良い顔をしているよ。仕事のときとは全然違う顔だ。私はよくそう言われる。幸福だからである。
「梅田 棋聖戦第一局の新潟へ行ったときから、僕の人生は大きく変わり始めてしまったんですよ(笑)。
 羽生 そうですよね(笑)。」
シリコンバレーから将棋を観る」に収録された羽生さんとの対談はこんなやり取りから始まったのだが、この写真はまさにそのとき、新潟で撮影されたものである。
産経新聞社のウェブ上にアップされたこの写真を見たとき私は、あたたかいものに受容され、将棋の世界から「ウェルカム!」と言われた気がして心に幸福感が満ちた。それが私の人生が「大きく変わり始め」た瞬間だったのだ。
「私が本当に書きたかったのはこの本でした」という一言を本書の帯に寄せた。そんな「生涯の一冊」とも言うべき本書が、このたび将棋ペンクラブ大賞を受賞させていただくことになった。たくさんの関係者の方々への感謝の気持ちでいっぱいである。
この本が出版されたあと、とても嬉しいことがいくつも続けて起きた。
第一は、本書で詳述した羽生さんの未刊の名著「変わりゆく現代将棋」がとうとう出版されたこと。十年以上前に羽生さんはこんな凄いことを書いていたのか、といった感嘆の声を色々な方から聞き、この本を書いて本当に良かったと思った。
第二は、本書がウェブ上の有志たちによって英訳されたこと。私が「何語に翻訳してウェブにアップすることも自由」と宣言したら、たちまちのうちに英訳が完成した。そしてもっと嬉しかったのは、私の試みが刺激となり、勝又さんの名著「最新戦法の話」が同じ方法でまもなく英訳されたこと。将棋の世界普及の今後という意味で、「最新戦法の話」を誰もが英語で自由に読めるようになったことの意味は本当に大きい。
第三は、将棋のネット中継が大いに充実したこと。門外漢の私がウェブ観戦記なるものに挑戦したことも刺激の一つとなって、将棋界全体にウェブ活用の気運が高まったのが心から嬉しい。連盟の携帯事業も始まった。今年の棋聖戦では、動画共有サービス「Ustream」を活用したライブストリーミング大盤解説会が行われるまでになった。未来の将棋観戦の方向性を探る実験に、多くの将棋ファンが絶賛の声を寄せた。
この写真が撮影された日、私は心ひそかに「誰かが未来を先取りした人体実験を繰り返さないと世の中は変わらない。僕はそれをシリコンバレーで学んだのだ。だからまずは僕自身が人体実験の先鋒としてベストを尽くしてみよう」と思っていた。その気持ちがルーツとなった「シリコンバレーから将棋を観る」という私の営みは、まだ緒についたばかりの現在進行形のプロジェクトである。

この文章は、将棋ペンクラブ会報秋号に掲載されています。将棋ペンクラブにつきましては、将棋ペンクラブログをご覧ください。「変わりゆく現代将棋」は、上下巻で今年の4月に刊行され、下巻の最後に「対談 羽生善治×梅田望夫 現代将棋と歩んだ10年」が収録されました。
変わりゆく現代将棋 上変わりゆく現代将棋 下
文中の「シリコンバレーから将棋を観る」英訳はこちらで。「最新戦法の話」英訳はこちらで。
連盟の携帯事業「日本将棋連盟モバイル」は、こちらで。
また棋聖戦で大好評だった「Ustreamライブストリーミング大盤解説会は、今度の王座戦第二局、第四局でも行われます。詳細は野月さん西尾さんTwitterアカウントで。