野月浩貴「熱局探訪」最終回が素晴らしい

10月16日米国西海岸時間の午前4時9分(日本時間午後8時9分)にTwitterでこうつぶやいた。

午前4時起床。今日の橋本野月戦は、両者気合い入りまくり(時間の使い方)で、面白いぞ。
http://twitter.com/mochioumeda/status/4913300845


は、10月16日のB2順位戦、先手橋本七段が120分(2時間)の長考で▲3七桂(21手目)と指した局面である。
ここで後手野月七段が170分(2時間50分)の長考で△5一金(22手目)と寄った。わずかこの2手で5時間近く、昼食休憩を含めると6時間近く、まったく局面は動かず二人の棋士はこんこんと考え続けていたわけである。
この「長考の中身」について野月七段自らの解説が、将棋世界最新号(2010年1月号)に掲載されていてたいへんおもしろく読んだ。「熱局探訪」最終回の冒頭「長考の中身」の項である(毎回楽しみにしていた「熱局探訪」連載が終わってしまうのは本当に残念だ)。
長考の時間は、じつは170分ではなくて6時間近かったのだと書かれている。つまり図の▲3七桂が橋本七段によって指されるまでの2時間+昼食休憩の間も、▲3七桂が指されることを予期し、野月七段は▲3七桂の次に指す手を考え続けていたというのだ。

実質6時間ほど、この局面で指したかった手について考えていた。実戦の△5一金を考えていた時間は30分くらいしかない。

野月七段は、ここで△5一金ではなく△7二金の可能性を考え続けていたという。具体的な読みの中身については是非「将棋世界」でお読みいただきたいが、長考そのものの在りようと戦略についてこんなふうに綴っている。この文章が素晴らしい。

自分にとって、△7二金はとても魅力的に映った。妥協を許さない一手を指すことにより、緊迫感のある展開へと進んでいく。読みきれば勝ち。いくら考えても結論が見えてこないことが楽しくて仕方ない。勝手な読みながら、詰みに至るまでも、十通り以上は考えていたように思う。可能性を求めて考える状況が、ただ楽しかった。
だが、現実として6時間という制限がある。途中で、ルールを決めて、決断する時刻を決めて考えることにした。

  • 橋本七段より長考する。
  • 残り時間が2時間近くなったら指す。
  • そのときに結論が出ていなかったら△5一金を選ぶ。

この3つのルールを定めておくことにより、集中して思う存分考えることができるのだ。橋本七段より長考する、というのは勝負の駆け引きで、心理戦の意味合いを持たせる狙いもある。
結局、結論は出なかったので、△5一金を選んだ。

まさに当事者でなければ書けない「長考の中身」である。指し手に対して抱く理想、難問に没頭して考える楽しさ、そして勝負師ならではの心理戦の狙いや時間戦略や指し手を決めるルール、そんなものがあわさった「長考の中身」が描かれた名文だと思う。
野月七段はこの将棋には勝ったが、家に帰ると頭痛に見舞われ、それから一週間寝てばかりの日々を送る。そしてそんな後遺症についての

自分の能力の許容範囲を超えて考えるのも善し悪しである。

という文章で締めくくられる。すさまじい頭脳勝負の舞台裏を堪能できた。