金子金五郎語録(3)

升田氏の将棋は、よく芸術品だといわれたし、自身でもそれを口にした時代があった。じっさい自分の設計した路線の内へ、相手を必ず引き入れてしまうまで、ヨミをしぼって行く。その鮮烈さは芸術といっていいかもしれない。もちろん、こうした指し方の終点は"キメ手" を目標にしての設計である。
ところで、近年にみられる氏の将棋はほとんどフリ飛車といっていい。フリ飛車を指す側には"キメ手"はない、というのが定説である。だからこのキメ手、ということだけを取り上げるならば、フリ飛車は升田氏の本来の将棋とむじゅんしているといえるかもしれない。
が、そうでなかった。氏にはもう一つの強さがあった。それは、中盤戦における乱戦で相撲でいえば、突いたり、押したり、引いたりする多彩なテクニックである。これは氏の相ヤグラや相掛りの将棋を指す時代にはみられなかった。これを私達が知らなかっただけなのである。
氏がキメ手に出るときは、この引き、押し、突きの多彩な手法で相手に動揺(あるいは疲労、困ぱいなど)が起ったとき、チャンスを得る。というケースが多い。このイミでは、「相手の指し方によってキメ手が生れる」といえる。両居飛車時代の氏にみられるものは「相手を自分に従属させる」式のものであった。この二つの異なる将棋観が調和して、円熟の境地に達しつつあるのではないだろうか。(「近代将棋」第十九巻四号(昭和43年4月号))