金子金五郎語録(1)

"時の将棋"はもっとも活きているものである。この活き物の根本をつかむには自分の個性(棋風)で時の将棋に体当りする道しかない。心の踏み込みの深さ、深度というものが大切である。青年棋士が一様にその時の将棋をつかむことが速いという事実は、青年は自然に冒険性を特徴とするため、将棋にあっても時の将棋に体当りできるためである。
升田九段は曽って青年時代に「武蔵(たけぞう)」というニックネームをつけられた人である。剣客宮本武蔵がたけぞうをいった青年時代に生命を賭けて試合に挑むその冒険性が升田氏に似ているからである。序盤というものを悟る一つの知性(序盤は将棋のうちでもっとも知性的なもの)とそれを実戦の上に生かす有力な武器たる野性。この二つを升田は所有していた。もし升田に野性が欠けていたならば、知性の将棋のみに重点が置かれてあの壮大な序盤ぶりは見られなかったと思う。(「近代将棋」第十三巻三号(昭和37年3月号))